中村区・大門_旧遊郭街の近代建築群を巡る旅【市バスの車窓から④】

その他

2018/06/23

たまには、名古屋市営バスに乗って、普段行かない所へぶらり旅_
【市バスの車窓から】

今日は、名古屋駅から西へ、中村区・大門の旧遊郭街の近代建築群を巡りながら、この街の光と影の歴史を紐解きます。

名古屋駅バスターミナルを出発

今回は名古屋駅から西へ向かうバスに乗り、5個目のバス停「大門通(おおもんどおり)」周辺をとことん散策します。

2017年4月に新たに開業した名古屋駅バスターミナルから、「名駅22」「名駅23」「名駅24」のいずれかの系統で大門通に向かいます。
大門通まで行くバスの本数は平日・週末ともに日中毎時3本となっています。

夜のネオン街「大門横丁」周辺を散策

地下鉄東山線はなぜ、名古屋駅から西へ向かうのに亀島方面へ迂回するルートを取ったのでしょうか。
その理由は諸説ありますが、兎にも角にも直進ルートを取らなかったことで、「大門」の街は鉄道空白地帯となりました。

以前は地下鉄桜通線が「中村区役所」駅から西へ延伸する計画もありましたが、現在は凍結しています。

大門の街というと、現在では風俗街というイメージしか持っていない人も多いでしょう。
しかし私の目には、名古屋市内で他に類を見ない、ディープかつ華やぎの記憶に満ちた魅力的な街という風にしか映りません。
市バス旅をするにあたって、この場所を素通りするわけにはいかないのです。

まずはバス停の道を挟んですぐ向かいにある「大門横丁」へ向かいます。

トタン屋根のアーケードの下に昔ながらの飲み屋が連なっています。
個人的にはたまらない景観なのですが、お店自体は一見ではなかなかに入りづらいです。

その北に行くと「大門小路」なる看板が。

古い建物の1F部分が抜け道になっていて、そこに居酒屋やスナックが密集しています。
それにしても暗い&天井が低い

大門小路の西にあるこの界隈も強烈なワクワク感。

逆に東の方に行くと現れるのが、現代においては絶滅危惧種ともいえる成人映画館「中村映劇」。

景観としては直球の昭和ポルノ感があって良いのですが、
ここはただのポルノ映画館の域を超えたあまりにもディープ過ぎるスポットのため、詳しい説明は割愛させていただきたい。

この通りは夜になると青く光るネオンが不思議な雰囲気を醸し出すのです。

夜咲くネオンは嘘の花。
藤圭子の「夢は夜ひらく」を思い出しました。

旧「中村遊廓」中心部に見られる妓楼の遺構

この街が遊郭街であったことは地図上の区画割りからもしっかりと見て取れます。
碁盤の目状になった長方形の区画の4つの角に斜めの方向に抜ける道があり、周囲は堀で囲われ外から覗けない構造になっていたとされています。
堀が通っていたと思われる場所は現在でも細い路地として残っている箇所があります。

歴史的には、大正末期に元々は大須にあった遊郭街をこの地に移転して「中村遊廓」とし、戦災に遭うまでは栄華を極めていました。
およそ3万坪という広大な規模は、江戸の吉原遊郭を凌ぐ日本最大のものだったそうです。

中村遊廓の中核部であった区域に足を踏み入れると、いよいよ元々は妓楼だったであろう建物が姿を見せます。

この建物はコンクリート造で「TSURUNOYA」の文字が見て取れます。
和風でありながらどことなくヨーロッパの意匠を取り入れている奇特な建築物です。

さらに北へ向かうと朱塗りの壁が美しく映える建物が現れます。
名古屋市の都市景観重要建造物にも指定されている「べんがら亭(旧稲本楼)」です。
廃業後は日本料理店に転用され、さらに現在はデイサービスに利用されています。

門戸や屋根瓦の意匠などは通常の日本建築に見られない異国情緒漂うものとなっており、遊郭という場所がいかに非現実と絢爛豪華さの権化となっていたかがわかります。
さながら浦島太郎の龍宮城のようであり、利用客にとっては中にいた遊女は乙姫に見えていたかもしれませんね。

その斜向かいにもかなり立派な建築物が見えてきました。
こちらも同じく都市景観重要建造物に指定されている「松岡健遊館(旧松岡旅館)」です。

こちらは旅館を経てデイサービスセンターに転用されたパターン。
遊郭の頃の屋号は「一徳(ぴんとく)」であったとされています。

松岡健遊館の裏手にも艶やかな妓楼建築が。朱塗りの格子が特徴的なこの場所は「福扇」という屋号であったとされています。

玄関先には「およし」の表記…風情漂いまくりです。

軒下の部分に青緑色と白の市松模様、その周囲に中国風の模様があしらわれた装飾を今も見ることができます。
大正期とはなんと華やかでハイセンスな時代だったのでしょう。当時生きていなかった私たちはモノクロ写真の世界の印象しかないだけにこういったものを見ると衝撃を受けてしまいますね。

旧遊郭の建物で楽しむ蕎麦屋「蕎麦 伊とう」

ここまで安易に中に立ち入ることの出来ない妓楼建築ばかりを紹介してきましたが、蕎麦屋に転用され今も建物の中に入ることが出来るのが、ピアゴ中村店のすぐ向かいにある「蕎麦 伊とう」です。

往時は「牛若楼」という屋号であり、廃業後は長らく旅館として利用されていましたがその後空き家に。
取り壊し寸前かと思われていましたが、2012年に全面リノベーションを行い蕎麦屋として開業しました。

この日は名物の「十割そば」をいただきました。
超高級店というわけではありませんが庶民的すぎない、大人カジュアル的な位置付けの店といえそうです。

内装はキレイになっているので在りし日の姿とは違いますが、中央に配置された坪庭が流用されているなど佇まいはどことなく残っています。

芸人塚と無縁仏供養「中村観音」

最後はふたたび街の東側に戻り「中村観音 白王寺」を参拝しましょう。

この寺は「芸人塚」と呼ばれる習い事成就のご利益があるとされる石碑が有名ですが、寺自体にも遊郭街と深くつながる謂われがあります。

遊郭で働いていた女性達は病で亡くなるほか、自ら命を絶ったり、脱走に失敗して折檻を受け亡くなったりすることもあったといいます。
元々身売りされていた彼女たちは死後無縁仏となりますが、それを供養するために建立されたのがこの寺です。
中には無縁仏の遺骨を練り固めて作られた高さ8mの観音像が祀られています。

この街の華やかな賑わいの歴史の影ではこういった悲しい歴史があったことも忘れてはなりません。

このように歴史的遺構が数多く残されている街ではありますが、近年美人画で有名だった「長寿庵」が取り壊されたり、徐々に遊郭街だった面影は失われつつあります。
この街の栄華の残り香を、後の世代に少しでも残していくことはこれからの課題といえるでしょう。

 

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