海部郡大治町_日本最古の眼科医をたずねる旅【市バスの車窓から⑤】

観光

2019/02/20

たまには、名古屋市営バスに乗って、普段行かない所へぶらり旅_
【市バスの車窓から】

今日は、名古屋市を飛び出し、海部郡大治町の街を巡ります。

中村区から西へ、海部郡大治町への旅

前回の
中村区・大門_旧遊郭街の近代建築群を巡る旅【市バスの車窓から④】
の続きです。

大門通からさらに西に向かい、名古屋を飛び出して海部郡大治町の終着停留所「大治西条(おおはるにしじょう)」で下車。
大治の街を巡りながら、もう一つの大治町内の終着停留所「新大正橋西」まで行きます。
大門通から乗車するバスは「名駅24号系統」です。

大治西条まで伸びるバスは、名駅24号系統の他に「中村公園」発着の中村14号系統があります。

名古屋市営バスが名古屋市外に飛び出すケースは多々ありますが、4ヶ所もの停留所を経過し終点も名古屋市外に置かれているという路線はこの名駅24、中村14の2系統のみです。

なぜ大治町には名古屋市営バスの路線が延伸されているのか?その理由についてもこの旅で紐解きたいと思います。

大治西条・歴史ロマンあふれる街道を歩む

大治町のバスが走る道は、片側一車線の狭い道路。バスが通るには窮屈に感じますが、この道こそが大治町のメインストリートなのです。

庄内川と新川を越えているとはいえ、名古屋市から少し出ただけで雰囲気ががらりと変わり、レトロ感が出てきます。

大治西条から東へ300mほど行ったこの交差点を曲がると・・・

一見何の変哲もない道路に見えますが、奥へと進んでいくと独特のくねりを持ち、次第に周囲の風景も変わってきます。

実はこの道、織田信長が19才の頃蟹江から清洲へ攻め入る際に通ったとされる、通称『信長街道』の一部にあたります。

この道沿いとその周辺にだけ、寺や神社が異常に密集しています

創建や宗派はバラバラであり、なぜこの地域のみ寺社が集まっているのかはよくわかりませんが、神仏の多大なる守護の下に街一帯が包まれているかのような、そんな空気感を感じます。

寺社以外にも蔵のような非常に古い建物も出てきました。

かつての信長の出世街道であるという歴史ロマンを良い具合に壊さないこの情緒。幾多の歴史は端緒は狭く細い一筋の道から始まるのだなあ。。。

東へ進むと国道302号に当たりますが、この交差点の両端にも地蔵堂が建てられています。古くからの人々の篤い民間信仰が根づいていることを感じますね。

市バスとの因果関係あり?「大治浄水場」

302号を越えて東側へ行くとしばらくは住宅街が続きますが、突如空が広く感じる広大な土地が現れます。
ここが『大治浄水場』です。

西側の一角は公園になっていますが、東へしばらく進むと浄水場の施設があります。そこへ行くと・・・

名古屋市大治浄水場
という不可思議な表記が目に入ります。ここは名古屋市ではないのに一体どういうことでしょう?

実はこの浄水場は名古屋市上下水道局による管理施設であり、名古屋市西部一帯を給水しているほか、非常時の応急給水用の配水塔も設けられているのです。
要するに名古屋のための施設を大治町内に「間借り」している格好になりますね。

そして名古屋市営バスが大治町内にまで延伸している理由は、浄水場が「間借り」をしている代わりのギブアンドテイク的な配慮として運行しているという説が有力となっているのです。

水は日常生活における大切な生命線というべきもの。そのための重要な施設を置いているとあって、名古屋と大治は切っても切れない密接な関係にあるのですね。

大治を代表する観光スポット「明眼院」

浄水場から南下して、「大治役場前」バス停のあるあたりまで戻ってきました。
このあたりに来ると大治町のメインストリートはだいぶ賑わいを見せています。

通りを曲がってしばらく進むと、赤い二つの格子が印象的な建物に辿り着きます。
ここが大治町最大の観光スポットである『明眼院(みょうげんいん)』です。

入口脇に立つ二つの格子の中には像が立っており、これらは鎌倉時代に造られたとされる仁王像です。
一方は口を開き、もう一方は口を閉じている阿吽の像となっており、どちらも片腕がありませんが非常に勇猛で見応えがあります。

実はこの明眼院は日本最古の眼科医療施設であるとされており、寺自体のはじまりは平安時代の802年、眼科治療がはじまったのは南北朝時代の1357年で、明治時代に僧侶の医療行為が禁止されるまで続いていたそうです。

清眼僧都(せいげんそうず)というお坊さんが中国の医書を元に眼科治療を始めたのち、江戸時代には日本全国から眼を患った多くの人々がここへ集まったとされています。
その中には天皇家の人間や、画家の円山応挙、国学者の本居宣長らも含まれていたとか。

いま現在は医療施設であった面影は一切残っていません。
江戸時代の最盛期には境内は今よりもだいぶ広大な敷地だったのが、現在はその1〜2割の面積にまで縮小されてしまっているそう。

しかしながら日本全国から人が集まるほど栄えていた在りし日の姿は、どれほど華やかだったことでしょう。想像をふくらませてその時代の大治がどんな街だったのか、いろいろとイメージしてみると楽しいです。

昔ながらの洋食店『林檎亭』

ここらで少し腹ごしらえをします。
明眼院の南方の住宅街の中にひっそりと佇む洋食店『林檎亭』です。

今回はランチタイムのおすすめメニュー『林檎亭ランチ』(1,280円)をオーダー。
ハンバーグ&エビフライ×2といういわば洋食ド直球の料理メニューですが、安心感を感じて嬉しい限りです。

ハンバーグはパン粉がついて手作り感のある昔ながらの感じ。デミグラスソースの味わいも優しい。
聞く所によると20年近く営業している老舗だそう。地元民に愛されているアットホームなお店という雰囲気で、私のようなおっさんも入りやすかったです。

庄内川の河川敷へ

最後に庄内川と新川に挟まれた地区にある「新大正橋西」バス停にやって来ました。
ここからは名古屋市営バスの「幹栄2」系統で栄まで直行できます。

しかしまだちょっとバスの発車まで時間があるので寄り道します。

庄内川の堤防にある『大治庄内川河川敷公園』です。
釣りを楽しんでいる人もいますね。

河川敷の舗装部分には大治町のマスコットキャラクター『はるちゃん』が描かれています。
“シソの妖精”という設定のキャラクターのようですが、実は大治はシソが名物。
この河川敷でも春〜夏にかけてシソが採れるそうです。

橋の向こう側に名古屋駅の高層ビル群が見えました。

名古屋市ではないのに名古屋市営バスが走り、名古屋市の水道局管轄の浄水場があり、実は市外局番も052という名古屋ではないのに名古屋に限りなく近い、名古屋から半歩だけはみ出したような地域。それが大治町。

ありふれた日常から逸脱したい、そんな思いを抱えながらもなかなか出来ない。でもやっぱりちょっとだけはみ出したい・・・
そんな「ちょいハミ」に対する憧れが、私を大治の町に呼び寄せたのだろう・・・
と、ひとりでに謎の納得をしたのでした。。。

 

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