昭和芸術邂逅録「犬山・桃太郎神社コンクリ像」

観光

きっとあなたはそこへ行くと、衝撃的な邂逅を果たすだろう。

昭和という混迷の時代にはいろいろな芸術家が東海地方の各所に様々な芸術作品を残している。それら作品の芸術家は、すでに亡くなっているか、存命でも相当高齢の方が多い。

今回は東海地方でも随一のシュールな神社として有名な犬山市の『桃太郎神社』を紹介。
筆者がそこで見たコンクリ像は今後100年残しておかなければならないと使命感に燃えるのだった。

桃から生まれた桃太郎の世界をそのまま造形化!

「桃から生まれた桃太郎!」とは誰でも幼少時代に絵本を読んだのではないだろうか?
古都犬山にはこの桃太郎の物語をそのままコンクリート像として表現している神社がある。

犬山市にある「桃太郎神社」には約20体のコンクリ像があちこちに設置されている。
有名どころの旅サイトなんかではこのコンクリ像がシュールな面持ちとしてよく紹介されているのを見かける。

が、シュールな一面だけではなく、入り口から神社の境内にある宝物館まで一連の桃太郎のストーリーに沿って展示されているのには正直驚かされる。
要は参拝の経路を進むにつれて、桃太郎誕生から出世、出立、鬼退治までコンクリ像で体験できてしまうのだ。

シュールさだけで表現するなら「おばあさんの使った洗濯岩」が筆者的にもっともシュール。
その岩にはわざわざ”この岩を使って洗濯していました”とか”長年同じところを使っていたため踏み出した足型が付いてます”と記載がある。
水は岩を砕くだけの威力はあるが人の一生より長い年月を掛けて岩をくだく。
人の一生でどれだけ洗濯を行ったかわからないが、きっと長い年月で洗濯していた跡が残ってるんだぜ!と表現したいのだろう。しかしながら結構無理があるように思えるのと、もし事実ならおばあさんの脚力は鬼よりも強いか同等だ。

さて、一歩境内に踏み出すと、桃太郎神社の中は異次元が広がっている。
異次元とは絵本をそのまま開けて、その中に飛び込んだような世界を彷彿とさせる……かと思いきやそうでもない。
サルやキジ、イヌが甲冑を着てお出迎えしてくれる。作中は甲冑を着るシーンはどこにもなかったのだが、犬山の桃太郎神社のコンクリ像はさも甲冑を着てましたという体で当たり前のように鎮座しているのだ。

境内を散策するとお土産屋さんや犬山名物の田楽を食べることができるちょっとした売店も見受けられる。
5月のこどもの日前後はとても賑わうそうだ。そう、桃太郎神社は「子まもり、子授け、縁結びの神様」としても祀られている。

神社の周りにはお土産屋さんと飲食店もある

最初の鳥居では甲冑を着た動物、なぜか歓迎してくれる鬼が出迎えてくれる。
そして少し進むと桃太郎を拾ったとされるおばあさんの岩がある。
いろいろと書いてあるが、まぁ現地で確認してくれ。字数も限られてるので長くなるから割愛する。

桃太郎誕生を模したオブジェはもう現代ではこの作品を作れないだろうというシュールさが見て取れる。
インスタ映えとか期待したらかなりの勢いで肩透かしを喰らう、いい意味で脱力系の神社だ。

あとはもう、行ってみて堪能してくれ。
岡本太郎や矢橋六郎と同年代に生きたアーティストの生き様がここにはある。
宝物館は有料エリア(大人200円)だが、必見。そしてその中でなぜここが「桃太郎神社」と称されるのか、理由がわかるはずだ。

コンクリート像作家・浅野祥雲とは何者か?

桃太郎神社の中に鎮座(もう鎮座という表現がもっとも最適解だとおもう)しているコンクリ像をつくったのは、浅野祥雲というコンクリート像の造形家だ。
名古屋情報通の記事にも五色園のレポートが載っていたと思うが、作者は同じである。

浅野祥雲は1891年(大正14年)生まれ。岐阜県恵那郡坂本村出身で、33歳のときに名古屋へ移住した。
元々は農家である傍ら土人形を製作する父の影響うけ、家業をついで土人形の製作を始めるが、土人形では大きな作品が作れないことからコンクリートでの作成を思いついたのだという。

33歳のときに名古屋へ移住し、主に映画館の看板などを描くなどして生計を立てていたとされる。
さながらコンクリ像の作成はその合間を縫って作られたのだろう。
現存している作品は東海地方を中心に800体ほど。そのなかの20体がここ犬山に鎮座しているのだ。

浅野祥雲は岡本太郎、矢橋六郎など欧米を渡り歩いてきた美術家とは少しだけ経緯が違う。
看板職人として生計を立てていたならば、職人気質の作家と推察される。
ただし800体もの作品をこの世に残しているので作品に対する情熱は太郎や六郎に負けていない。
まさに日本が誇る唯一無二のコンクリート仏師である。

桃太郎神社は実は全国区!その理由とは?

犬山の桃太郎神社は全国的に有名な神社である。
シュールなコンクリ像が全国的に有名……ではなく、桃太郎神社と併設されている桃太郎公園が全国のキャンパーから注目されているのだ。

また全国というよりも世界的な規模でみると、有名なキャンパーが桃太郎公園を絶賛している。
今では少しだけ料金体系が変更されているが、一つのキャンプサイトを借りると何泊でも料金が同一という驚愕の安さと犬山市内というロケーションに加え、車さえあれば便利な立地であることも桃太郎神社と桃太郎公園の知名度をあげる要因になっている。

キャンプサイトである公園を見回してみると、たしかに別の世界が広がっている。
有名な湖畔のキャンプ場と遜色のない景色、最低限の設備、広さも兼ね備えている。
なるほど休日になるとキャンパーが訪れるのもうなずける。いい意味でなにもない。空も広い。

また、公園の外は桜並木があったり、紅葉の季節には山々が色づく。
四季折々の楽しみ方ができる素敵なキャンプ場でもあるのだ。
多くの人が訪れるだけの魅力があるので、キャンプが趣味な方はここで泊まってみてほしい。

桃太郎神社の秘密を少し……

桃太郎神社は何も桃太郎を祀っている神社ではない。
ここがこの神社をマイナースポット、B級スポットと称される由縁でもある。

桃太郎神社に祀られている御祭神は大神実命(オオカムヅミノミコト)である。
古事記では「意富大神実命」と表記されている。
さてこの御祭神さまは何を祀っているか、おわかりだろうか?

桃太郎神社の御祭神は「桃の神様」である。桃とは、古来から邪気を払う呪力のある果物とされている。
有名な話だと素戔嗚命が黄泉の国から帰ってくる際に黄泉の鬼に桃を投げて逃げ切った話が有名だ。

そして古来よりの古来がどのくらい古来なのか?禅問答のようだが、犬山の桃太郎神社のある栗栖地区は縄文遺跡が出土するほどの古い土地。今でも畑を掘り返すと縄文土器や弥生式土器が出土する。そのくらい古い時代から人の営みがあった土地なのだ。

そして栗栖地区には「桃山」という地名の山がそびえる。
ここからは憶測でしかないが、山に実る桃や栗、みかんなどの実りは人の営みを豊かにする。
木曽川のほとりではあるが、もともと海とつながっていたので海産物も採れる非常に豊かな土地だったのだ。

そこで当時の人は豊かな実りをくれる山を神様にみたてて信仰したのではないだろうか?
桃太郎神社は実は昭和初期に今の場所へ安置されている。眼前には公園になりうる川岸もあることだし、ちょっとしたテーマパーク的な遊び心で浅野祥雲にコンクリート像を依頼したのではないだろうか。
という話を神主さんから聞いた筆者はその話の真偽を調べ回ったが口伝で伝わる話も多く、文章として残っていない、または焼けてしまったためこれ以上調べようがないのだ。
しかし浅野祥雲のコンクリ像は現存している。100年先まで桃太郎神社のシュールなオブジェとして残していきたい作品、なのである。

MAP

場所 愛知県犬山市栗栖大平853
営業時間 10:00~16:00
料金 大人200円、小人100円(宝物館入場料)
公式サイト 桃太郎公園